ジャン・ユスターシュの時代
2000年3月24日〜4月27日 渋谷・ユーロスペースにて特集上映

ジャン・ユスターシュ、映画監督、フランス人、1938年11月30日生まれ。1960年前後、当時の彼の妻を介し、ゴダールやジャック・リヴェットらの仲間になり、映画の世界に関わるようになる。1963年、初監督作品「夜会」を撮る。1981年11月5日、パリの自宅にてピストル自殺。

フィルモグラフィー順



わるい仲間 ('63)
Les mauvaises frequentations (ou Du cote de Robinson) / 42 分

なぜ、男は群れるのか。男という種族は狼の末裔だからか、それとも、単に孤独に弱い種族だからだろうか。常日頃思うことのひとつにこれがある。おまけに群れている男達を見ていると、彼らの顔の何と嬉しそうなこと! 間違ってわたしのような女が会話に加わろうものなら、一瞬にして、その喜びの顔が、警戒ならぬ体裁の顔へと変わる。まるで、生まれて初めて見る珍しい種族に接するかのように。
そしてこの映画の中でも男達は群れている、とはいっても、たったの二人だけなのだが、わたしにとっては
群れに見える。そして相変わらず、女は珍しい種族なのだ。男の方から仕掛けておきながら、途中からその仕掛けを投げ出すなんてズルイではないか。一言いっておこう。もしかしたら、男の目から見ると、女も群れているように見えるかもしれないがちと違う。わたしたちは群れるわけでなく集まっているのだ。秀作。★★★



サンタクロースの眼は青い ('66)
Le Pere Noel a les yeux bleux / 47 分

どこの世界でも若者が欲しいものは皆同じ。流行の服といい女。ジャン=ピエール・レオー演じるダニエルのそんな若者の一人。彼は今流行のダッフルコートが欲しい、ついでに自分を愛してくれる女性も。サンタクロースの格好をして写真を撮る、というバイトが入ったからコートの方は大丈夫。問題は女の方だ。でもこの女という厄介な動物、サンタクロースとはデートしてくれるが、こと彼自身とのデートとなるとさっぱりダメ・・・
淡々とした映画。地方都市の若者の日常の断片を描いているだけあるが、もしかしたら、この映画を本当に理解するには、映画が撮られた街ナルボンヌを知るのが唯一の方法かもしれない。地方都市に住む若者達の持つジレンマと、画面全体から閉鎖的なものを感じたのはわたしだけだろうか。
また、この時代のフランス映画(白黒)の画面に、ジャン=ピエール・レオーが出てくると、なぜか、ふと安心してしまうわたしであった。他の役者も決して悪くはないのだが、これを見る限り、彼の顔つきといい、あの喋り方といい、やはり他とは明らかに違うものを感じる。★★



ママと娼婦 ('73)
La maman et la putain / 220 分

この映画を見たあと、わたしは少し壊れてしまったかもしれない。精神的に不安定になり、仲の良かった男友達と仲違いしてしまったのを隠せない。必ずしもこの映画の影響だけ、とはいえないが、どうやら今までかろうじて繋ぎとめていた精神のたがが、この映画をきっかけに外れてしまったらしい。レオス・カラックスはこの映画を「狂気の映画」と評したらしいが、狂気どころではない、自他共に破壊的ですらある。
中でも一番怖いのは、夜な夜な男を求めて彷徨う看護婦の女、ヴェロニカ。しまいにはジャン=ピエール・レオー演ずるアレクサンドルを心底愛してしまうのだが、その彼女、この映画の中では20代半ばの設定らしいが、その風貌といい、その言動といい、まるで長寿の園で永らえている老婆のようだ。そしてその彼女が涙ながらに告白する“女が男を求めてなぜ悪い、この世に娼婦はいないのだ”と。そしてこのシーンが実に長く、悪魔的ですらある。こちらとしては、その悪魔の長い爪に心をつかまれ、固定され、逃げられなくなってしまった感がある。しまいには、アレクサンドルはヴェロニカに結婚を申し込むのだが、この二人が一緒になったところで仕合わせになるはずがないのは目に見えている、というより、この映画の登場人物、誰ひとりとして仕合わせになることはない。これを見て動揺しない人がいるだろうか。★★★★



ぼくの小さな恋人たち ('74)
Mes petites amoureuses / 123 分

見ている間、ずっと気になることがあった。それは、この映画の登場人物全員がみな揃いもそろって野暮ったいのである。着ている服や言動、道徳観や異性に対する接し方など。この映画ができた時代が古いわけではないだろう。74 年の作品である。フランソワ・トリュフォーが [アメリカの夜] をつくったのが 73 年、そして約 10 年前の 65 年にはゴダールの [気狂いピエロ] がある。今、これらの映画を見てさほど古いとは思わない。つまり古いのは年代ではなく、ユスターシュの感性なのか、それとも田舎を舞台にして、そのような古さをわざと誇張してつくっているからだろうか。
とはいっても、この映画、そんなことを題材にしているわけではない。純粋なるひとつの青春映画なのだ。少年の性への目覚めを描いている、といえばありきたりだが、まさにそれしかない。
だがしかし、ここでも怖いものがある。このような類の映画を見るたびに思う、監督自身が幼少時代をどのように過ごしたのかが、映像を通して伝わってくる。少年たちの少女の扱い方に淋しさを感じる。カフェに座り、街ゆく人を眺める若者の姿にムスリム的なものを感じる。ユスターシュ、繊細かつ斬新ではあるが、やはり古いのはあなたの感性なのだ。★★



不愉快な話 ('77)
Une sale histoire / 28分+22 分

面白い。こんなもの見せられた日にゃあ、この後どんな映画を見たらいいんだろうか。に執着した男がいる。彼にとっては陶酔の穴であり、快楽の穴でもある。これはパリのカフェのトイレにある穴から、女性器を覗き続けた男の告白の話。しかしこれが実に面白い。特にはじめに穴ありきという彼の理論。穴以外は全てまやかしである、と彼は説明する。このカフェは穴の存在が本質であって、この穴のために扉がつくられ、トイレなるものがつくられ、カフェがつくられ、そして客にお茶を出す。つまり穴以外は全てまやかし、ないも同然。
ここで思い出したのがベルサイユ宮殿。彼の言葉を借りれば、はじめに不倫ありき、その他のものはまやかし。美しい建築の宮殿も、その中で行われた舞踏会も、全て不倫のためにある。
実はこの映画が面白いのは、この男の告白が [フィクション編] と [ドキュメント編] の2つでつくられていること。ユスターシュ、試しにやってみたという感じでつくってあるわりには、フィクション編に変わり者俳優マイクル・ロンズデイルを起用しているところが憎い。だいだいね、ひとつの映画の中に同じものを形を変えて配置する、という発想が好きなのだ。★★★★★



アリックスの写真 ('80)
Les photos d'Alix / 18 分

女流写真家アリックス・クレオ=ルボーが、自分の作品をユスターシュの息子ボリスに見せながら話をする。初めのうちは写真に写っているもの忠実に語っているのであるが、次第に写真に写っていないものまで説明をしはじめる。それがあまりにも自然な語りなので、こちらとしては、まず自分の目を疑い、ひどく戸惑い、しまいには不思議な気分になる。
現実的で幻想的、魅惑的でポエティックな作品。誰も死なない、誰も傷つかない、ただ人を不思議な世界に連れて行ってくれるだけ。実はこういう癒しの映画になによりも魅力を感じる。これはユスターシュの遺作。こんな素晴らしい作品を最後にこの世を去ってしまったのはとても残念。★★★★★



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