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いつか会える
■A tout de suite■2004年■監督・脚本ブノワ・ジャコ■撮影キャロリーヌ・シャンプティエ■出演イジルド・ル・ベスコ、オアッシーニ・エンバレク、ニコラ・デュヴォシェル [ALLOCINE.COM]
原題の"A tout de suite"が、なぜ "いつか会える" になるんだ?!と、友人のフランス人が聞いてきた。原題の意味する正確なところは、友人との別れぎわに言う「じゃあ、またね」といった感じだ。またね!と言って別れて再会するまでに早くて1、2時間、遅くても数日後にはまた会えるという間柄で使うこの言葉に、邦題の中で微かに匂わせている“いつ会えるかわからない”といったニュアンスはない。それでもこの映画を観ればこの邦題の意味するところは暗黙のうちにわかるのだが、「これは原題をそのまま訳したわけではないのよ」との説明で友人が納得してくれたかどうか、定かではない。

フランス映画祭でかかるものにしては珍しい白黒映画。
今の時代に、映画を白黒で作るということは、その映画が白黒でなければならない理由を作り手は決めなければならないし、また観る側も、観ている間にその意味を見つけなければならない。

イジルド・ル・ベスコ扮するヒロイン、19歳の少女は、一目惚れしてつきあいはじめた青年が銀行強盗を働き殺人を犯したことまで知るが、少女の青年に対する愛情に変わりはなく、青年といっしょにフランスを離れ、イタリア、スペインと異国の地を逃げまどう。そしてギリシャに辿り着いたところで、少女は飛行場の税関で引っかかり、青年にいともあっけなく置き去りにされてしまう。別れてしまったけれど、いつか会える、と信じている少女は、フランスから遠く離れた異国の地で働きながら彼と会えるのを待つ・・・(と、ここで邦題の「いつか会える」が活きてくる)

人を待つことにすっかり不慣れになってしまった現代で、ましてや10代の若者が、いくら愛しているからと言ってひたすらに待つという設定が不自然だと思ったのか、この映画の時代設定が1975年となっている。1975年なら待つのが普通であったのか、わたしは知る由もないが、60年代の映画に『かくも長き不在』という映画があったなと思い出したりもする。この映画のなかでは、別に待っていたわけじゃないが、待たざるを得なかった状況で生きていた女の話だった。そしてこの『いつか会える』の少女も、待っている。ふと気がついたところで一応めぼしいところをあたって青年を捜そうと試みてはいるのだが、結局見つからず。わたしとしては、こんな、青年のみを慕って生きてきた少女の受身の姿勢が少しばかり気になるところでもある。

結局自分はそのような存在であったのだと気がつくまでに、人はどれくらい時間がかかるのだろう。人生の一片を、一時期を、すべてを捨てて人を愛せた時期を切りとって見せるだけの「映画」もいい。そんな映画をあえて白黒で作ったところに、監督ブノワ・ジャコのセンスの良さが窺われる。白黒映画は、頭のなかにある「過去」をなつかしく振り返ってみるのにこれ以上の素材はないのだから。ただひとつ難を言わせてもらえるならば、台詞がいまひとつピンとこないところだ。これだけの良い映画なのに、観終わったあと記憶に残る台詞がひとつもなかったのは残念。




主演のイジルド・ル・ベスコ




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