フレデリック・ワイズマン映画祭2002
FREDERICK WISEMAN RETROSPECTIVE
2002年7月25日〜8月10日 東京水道橋アテネフランセ文化センター
7月25日から東京水道橋にある「アテネフランセ文化センター」ではじまっていた「フレデリック・ワイズマン映画祭」。フレデリック・ワイズマンはドキュメンタリー作家としてかなり知られている人らしい、とは今回はじめて知ったことなのだが、わたしはドキュメンタリーは結構好きな方なのでぜったい見たいと思っていた。さっそくチラシでプログラムをチェック、上映作品は全部で16作品。時間をやりくりすれば7、8作品ぐらいはいけるだろう・・・と思ったが甘かった。アテネに行こうと思っていた日に急きょ予定が入ったり、つき合いで行けなくなってしまったり、妹から「Macが壊れたらしい」と泣きの電話が入ったり・・・またこの夏ひどく暑いせいかなかなか事がうまく運ばない、1日の予定がずれにずれ込んで上映時間に間に合わなかったりと、結局最終的に『DV』と『臨死』の2作品しか観られなかった。が〜ん!!!こんなにもワイズマンの作品が揃って上映されるのはめったにないだろうと思うと、かなりショックが大きい。もしかして一生の不覚になるかも。


DV-ドメスティックバイオレンス-
DOMESTIC VIOLENCE [2002年][195min]
昨年度の「山形ドキュメンタリー映画祭」で上映され、話題になっていたのでぜひとも観たかった。ワイズマンの作風、語り口など知るために食い入るようにして観た。そして彼がなぜこれほどに有名なのかがよくわかった。ドキュメンタリーにありがちなナレーションというのを一切排除し、ただただひたすらに撮ったものを見せる。説明的でなく、あくまでも鑑賞する側の見識と構成力に理解を任せるその作風に、わたしはいっぺんに魅せられてしまった。ナレーションがないと、その内容のほどをよくわかるように編集するのが大変なんじゃないかと思うが、不思議なほど整理整頓されていて、物語でないのにもかかわらず「起承転結」が見えてくるからすごい。

DV=ドメスティックバイオレンス=家庭内暴力のこと。
日本で家庭内暴力というとすぐ、息子が親を蹴った殴ったとか、不良娘が親のいうことを聞かないで酒を飲んで暴れるとかのケースを思い浮かべるけれど、この場合は、夫が妻に暴力をふるったケース。
全部とはいわないが、アメリカ・フロリダ州の「スプリング」という駆け込み寺(被害者保護施設)には、このような夫の暴力に耐えかねて逃げてきた女たちが年間にして1650人ほどいるらしい。ワイズマンはこの「スプリング」の内部をひたすらに撮り続ける。虐待されてきた女たちが語る。今までどんな暴力を受けてきたかを。最初は堰を切ったように怒りを露わにして語っていたがしまいには嗚咽しはじめる。結婚して40年以上も夫の暴力に耐えてきた老人がいる。彼女には天使が見えるという。「ずっと我慢してきたんだから天使もやってくるのよ」というスプリングの職員の言葉に癒しをみる。

またこのように虐げられて生きてきた女性たちの多くは依存型が多く自立していない。故に暴力をふるわれても行き場がなく、ずっと耐えてきた。「スプリング」の最終目的は女性が自立すること。このことに全力をあげる施設の職員たちの姿勢に頭が下がる思いがした。

また膨大な数の証言の裏に見え隠れするのは、アメリカという大国の裏側、負の遺産ともいうべきか、富と勝利を得るために突っ走ってきたアメリカという国の、ど真ん中に取り残されてしまった信じられないほどの多くの負の面々。結婚した女性の10人に一人は夫に殴られた経験があるというのにも驚かされた。
おもしろいというより、こんなものを見てしまうと自分の無知さを思い知る。物事には裏と表があり、そしてそれぞれに隠れた側面があるのだと気づく。



臨死
NEAR DEATH [1989年][358min]
6時間にも及ぶ超大作。中、休憩は2回。内容がハードなせいか、2回の休憩があってもかなり疲れた。ときどき睡魔に襲われては意識を取りもどし、椅子の快適度がひどく悪いせいか、どう体を動かしても具合が悪い。しまいには腰も痛くなり立って観たくなった。

ここ数年、日本でも話題になっている尊厳死を題材にした作品。
アメリカ、ボストンのベス・イスラエル病院の臨床現場で働いている医師と看護婦、そして患者に焦点を当ててつくられている。アメリカと日本の大きな違いは、何といっても個人の意志を尊重することである。この映画の中でもしょっちゅう論議が交わされているのが、人工呼吸器を取り外すか否か、延命治療を行うか否か。患者本人の意識があれば本人に、患者が意識不明の場合はその家族にと、その判断をゆだねる。ゆだねるといっても、医師が強引に判断を求めるのではなく、患者が、または家族が納得いくまで何度でも説明を繰り返し、意見を聞き、最後の最後まで「当事者」の意志を尊重する。この姿勢には考えさせられた。果たして日本ではここまで粘り強く個人の意志を尊重しているのだろうか。
感動的だったのは、医師の説明と説得に承諾したときの家族の姿、死を覚悟したときの人の尊厳な様である。人は植物ではない、人が最期まで人としてあることに全力を尽くす医師や看護婦たちの姿には、やっぱり並々ならぬものを感じた。
そしてこれは全く個人的な考えなのだが、これからの医療はやっぱり安楽死の方に行くと思う。


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