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<アメリカ短編映画特集> 2001 年 6 月 1 日〜 5 日 東京・原宿「ラフォーレミュージアム原宿」にて |
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通称「アメリカン・ショート・ショート」として知られているこの映画祭は、アメリカの若手映画監督が作った短編映画のみを集めて上映するものです。そして今回はそのイベントも3度目。監督のエスプリや手法、メッセージが、短時間の間にきゅっと詰まった短編映画は、見ていてとても分かりやすく、またそこから、観客それぞれが独自に新しい才能を発掘する楽しみもある。 そして現代のメジャー映画監督の中にも、彼らの短編映画を買われ、その後大きく羽ばたいた人たちもたくさんいる。あのジョージ・ルーカスが大学時代に作った作品『THX11384EB』が、今のようなビッグになるチャンスをつかむきっかけになったのは有名な話。 今回はアメリカ映画34作品、日本映画8作品、その他の国から7作品が出品された。 会場は札幌、松本、東京、名古屋、沖縄、シンガポールと6カ所。 また特別上映として、ティム・バートン監督の初期の短編2作品と、今年のカンヌ国際映画祭の短編部門でパルム・ドールを受賞した『おはぎ』の緊急上映もあった。 |
とにかく短編映画は面白い!
このことに気がつくのがもう少し早かったら、この「アメリカン・ショート・ショート」も開催第一回目から見に行っていただろうと思う。高いお金を払い、だらだらだらと訳の分からない話を2時間も3時間も見せられて悔しい思いを何度もしたものだ。その点、短編は違う。作家の言いたいことが分かりやすく簡潔だ。(中には簡潔すぎるという感じのものもあったが。その作品の長さはなんと1分間! こんなもの、わざわざ選んで見せる方も見せる方だけど、ちょっと狙ったのかな、とも思う)
今回は全作品を見る時間が取れなかったので、総じて評価することはできないかもしれないが、全体的に見てイマイチという感じ。もしかしたら、わたしが見たプログラムの中に好きなタイプの映画がなかったのかもしれない。その中で意外に良かったのが日本の作品群。これらの短編を見る限りでは、アイデアや技術的にはアメリカとは全然ひけを取らないのではないかと思うが、何故長編になると、わけもなく血まみれになったり、ただ叫ぶだけの台詞であったり、動物が旅をする映画になってしまうのかよく分からない。
ただひとつ、アメリカの短編映画の中でも、クロサワやジョン・カサヴェデスが好きという監督(ジョージ・ローラン)がいた。彼の作品はドキュメントタッチのドラマだったが、役者重視のカサヴェデス精神がアメリカにもまだ残っていることが分かってとても嬉しい!・・・と、月並みなフォローをして本題に入ります。
今回の特別上映作品に、ティム・バートンの初期の短編作品『Frankenweenie(フランケンウィニー)』『Vincent(ビンセント)』が上映された。アート色の強い作家が好きなわたしは、ぜひとも彼の旧作品を見たかった。わたしが選んだプログラムもティム・バートンの作品が入っているものだったし。
また突然上映が決まった話題作『おはぎ』も見ることができた。うーん、これだから映画祭はやめられない! この三作品、詳しくは以下の通り。
| Frankenweenie(フランケンウィニー) 交通事故で死んでしまった愛犬スパーキーを、フランケンシュタインよろしく電流を流して蘇らせたお話。26 分。(1984年・白黒) |
電流を流されて蘇る愛犬スパーキーは、首の両端にぶっとい鉄釘が刺さったまま、おまけに縫い合わされた体の継ぎ目から水がぴゅっと飛び出ちゃう・・・それでもやっぱり、あの豚のような走りと仕草はキュート。フランケン・スパーキーが走る!!! 逃げる!!! 脅かす!!! わたしも欲しいぞ!こんなグロ犬。そして窓の外に大きく写る犬の影・・・もうティムったら、この頃からあの手を使っていたのね〜☆ ティム・バートンの映画に見慣れてしまった今となっては、特に目新しいものはないが、これがバートン・ワールドの初期の作品だと思うとわくわくする。 |
| Vincent(ビンセント) コウモリ屋敷に住む狂人ビンセント・プライスに憧れる子供ビンセント・マーロウの素晴らしき妄想の世界。アニメーション、6分15 秒。(1982年・白黒) |
冒頭いきなり出てくるスリーピー・ホロウの「死人の木」、そして怪しげな動きのバートン猫。彼の芸術性とバートン・ワールドの心髄は全てこの作品に凝縮されている!バートン・ファンの方、見なきゃ損ソン、貴重な逸品ダヨ、早く見てビンセントをモノにしよう。 |
| Bean Cake(おはぎ) 天皇陛下よりおはぎが好きな男の子の一日を描く。2001年カンヌ国際映画祭短編部門でパルム・ドール受賞作品。 監督/デヴィット・グリンスパーン、出演/宮川竜一、SAYAKA |
日本に滞在経験のあるアメリカ人監督デヴィット・グリンスパーンが、1933年の日本を舞台に制作した短編映画。映画としては「普通」のでき。常に日本で暮らし、日本の日常にどっぷり浸かっているわたしとしては特に目新しいものはない。ただ見ていると何故か違和感が生じる。それもそのはず。これは日本のことを語っているようで真の日本ではない。細部描写があいまいで、これはどこだ?的な感を受ける。上映後に行われた質疑応答では、大半が良い評を下したものの、やはりこの細部描写の不的確さに意見を述べた人もいた。 例:「木造の校舎にスチール製の椅子はおかしい」「元気の“気”という字が違う(これは1933年当時にはこの字は使われていなかったという意味。正確には“氣”の方だろうと思う)」「学校の先生が生徒に、一番大切なものは天皇陛下である、と無理矢理言わせてしまうのは不思議」etc..... これを受けて監督は「カンヌが日本でなくて良かった」とナーバスな面も見せていた。この監督、日本での上映はかなり神経質になっていたらしいとのこと・・・かわゆい。 だが、この映画がカンヌでパルム・ドールを受賞したという理由も分かる気がする。カンヌでは異国ネタは受けがいい。 ↑ 写真は4日に行われた「トークトークショー」の質疑応答。左端の子供が主役の宮川竜一くん、右端が監督のデヴィット・グリンスパーン、中央は通訳の方。 |