知られざる世界の巨匠
ミヒャエル・ハネケ・レトロスペクティブ

「ぴあフィルム・フェスティバル」にて
2001年6月22日〜7月2日 東京・有楽町「東京国際フォーラム」
ミヒャエル・ハネケ Michael HANEKE
1942 年ミュンヘン生まれ。ウィーン大学で哲学、心理学、演劇を学ぶ。卒業後はドイツのテレビ局で脚本家として活躍。1970年にテレビドラマを初監督し、同時に舞台監督としても多くの作品を演出する。監督デビュー作品は『セブンスコンチネント』。ウィーン在住。
偶然だろうか。今年(2001年)のカンヌ映画祭ではミヒャエル・ハネケの『ピアニスト』がグランプリを取り、最優秀女優賞にイザベル・ユペールが、最優秀男優賞にブノワ・マジメルが、この映画に出演した二人それぞれに与えられた。ミヒャエル・ハネケとはどんな映画を作る人なのか全く分からないまま、そして「巨匠」と言われながらも、日本では今まで紹介されていなかったハネケの旧作品全部が、同年「ぴあフィルム・フェスティバル」で上映された。

わたしは今回一作品を除いて5作品を観た。一言で彼の映画をまとめ上げるのは難しいが、総体的に見てかなりヘビーな映画である。ちょっとお散歩がてらお洒落にハネケの映画を、などとお気軽な気持ちで行ったら大変なことになる。
一般的な映画的ストーリー展開はなく、ワンカット、ワンシーンが異常に長い、今に何かが起こるだろうと思って画面をじっと見ていると、いきなり画面が中断し、わたしたちは暗闇の中で意識を取り戻すことになる。また、ハネケは、映画の中で解答らしきものは一切提示していない、説明すらもなく、ただ“起こったこと”のみを情景として描いている。その描かれ方もシンプルかつストレートで、直接胸に響いてくる。観ている方は自分なりに解答を見つけなければならない。エンディングが明解で、さらに深く考える必要のない娯楽映画を主として映画鑑賞をしている人にとって、これはかなり辛い映画になるだろう。



THE SEVENTH CONTINENT / DER SIEBENTE KONTINENT
(セブンスコンチネント)

1989年/オーストリア/出演:ビルギット・ドル、ディーター・ベルナー、他
ロカルノ映画祭受賞作品
「一家心中をした一家が、死ぬ前に持ち物の一切合切を壊した」という記事を読んだことがきっかけになって作られた映画。

ルーティンな生活を平凡な仕合わせと見るか、絶望と見るか、それはその人の宿命とも言えるだろう。人が自らの命を絶つとき、その理由はその人にしか分からない。第三者がいくら想像したところで明らかなのは、その人が何時何処で何が原因で(薬を飲むとか拳銃自殺をするとか、事実に基づいた医学的な証明)亡くなったかということだけである。

この映画『セブンスコンチネント』はハネケ監督のデビュー作でもあり、彼の映画のスタイルを理解するのに恰好の作品だと思う。死にゆく家族を淡々と、と同時にハネケ独特のテンションで描く。この映画の中で、夫婦が、今まで彼らに呪縛のように取り憑いていたものを壊しつくすシーンは凄い。また、この映画の題名にもなっている第七番目の大陸(=セブンスコンチネント)とは地球上には具体的に存在しない大陸のこと。南無阿弥陀仏。


BENNY'S VIDEO(ベニースビデオ)
1992年/オーストリア/出演:アルノ・フリッシュ、アンゲラ・ヴィングラー、他
根底にあるのは『スクリーム』ハネケ版といっても過言ではない。実際この映画が始まってすぐ、現実と架空の世界が混同するこのコメディ・ホラー映画を思い出した。ただし、後半から展開が変わってくる。見知らぬ少女をスタンガンで殺してしまった息子を守るために、両親が練った苦肉の策がこれ? 実はこの親の方が恐ろしいのだと悟るのにさほど時間はかからなかった。蛙の子はあくまでも蛙である。不思議なのはこれが人ごとでないと感じさせてしまうところだ。この世に行方不明になった人間は何人いるだろうか。そして何人ぐらいの捜査がお蔵入りになっただろうか。そんな事件の背景にはこんな夫婦がいるのかもしれない。


71 FLAGMENTS OF A CHRONOLOGY OF CHANCE / 71 FRAGMENTE EINER CHRONOLOGIE DES ZUFALLS(71フラグメンツ)
1994年/オーストリア/出演:ガブリエル・コスミン・ウルデス、ルーカス・ミコ、他
この世に偶然というものはない、全て必然の出来事の成り立ちでこの世は回っている。わたしは常日頃そう思っている。とはいっても道ばたでばったり思いがけない人と出会うとやはりびっくりする。でもそれが偶然だとはけっして思わない。71フラグメンツ、この奇妙なタイトルの映画は、その偶然とも見える必然の出来事を起点として、その過去へとさかのぼる。ウィーン市内の銀行で、19 歳の大学生が銃を乱射、3人が死亡し、その後この男自らも頭を打ち抜いて死ぬ。この4人の核になる人物、加害者と被害者との違いはあるが、同じ時間の上を歩いているという意味で彼らは皆同類だ。
と同時にハネケ監督は、世界中のあらゆる国で、毎日のように起こるこのような出来事も、彼らと同じ線上にいなければ、ただの断片(=フラグメント)にしかすぎないことを、テレビのニュースという手段を利用して見せる。素晴らしい。


THE CASTLE / DAS SCHLOSS(カフカの城)
1997年/オーストリア/出演:ウルリヒ・ミューエ、スザンネ・ローター、他
これはカフカの未完の小説「城」の映画化。

奇妙な話の展開である。Kという男がに支配されている村にたどり着く。その男は、その城なるものに雇われて来たらしいが、何故かどうしても城に近づくことができない。城と接触しようとするたびに、その行動は空回りし、違う方向へと進み、次第に深みにはまっていく、そしてわたしは奇妙な感覚にとらわれる、これはなんなんだろう、あそこは何故あんなに寒そうなんだろう、何で彼はあんなことをしているのだろう、わたしは何でこんなものを見ているのだろう・・・そんなことを考えているうちに、映画は突然終わる。結論がない、そこで気がつく、ああ、これは未完の小説だったのだ。

古本屋で、絵の素晴らしさにつられて買った絵本を読んでいたら、実は最後のページが破り取られていた、という感じの映画。


CODE UNKNOWN / DODE INCONNU(コードアンノウン)
2000年/オーストリア・フランス/出演:ジュリエット・ビノシュ、他
カンヌ国際映画祭エキュメック賞受賞作品
ハネケ監督の映画を理解するひとつの方法にその題名がある。コード(=暗号、符号、法律、社会的規範)アンノウン(=不明)とは?

部屋のコード(暗証番号)を知らなければ部屋には入れない、コード(=法律)を外せば警察沙汰になる、また、他人の言語的符号(=コード)を知らなければお互いを理解することができない。この映画の最初と最後に、聾唖者の子供たちが出てくる。彼らは思い思いの仕草をして、それが何を意味しているのか当てっこをしているのだ。手話を解さないわたしにとって、彼らのコードは不明である。登場人物は、それぞれのコードを持って出てくるが、全員が一同に顔を合わすのは最初のシーンのみ。以後、皆それぞれに散らばっていき、彼らを映し出すシーンもぱらぱらと散らばっている。わたしたちは、その散らばったパーツを頭の中で組み立てることによって映画を理解する。ジグソーパズルのような面白さがここにある。迫力満点の秀作。



その他のミヒャエル・ハネケの映画

FUNNY GAMES(ファニーゲーム)
1997年/オーストリア/出演:スザンネ・ローター、ウルリヒ・ミューエ/2001年10月27日、東京・渋谷 CINE AMUSE にて鑑賞
ヘビーなハネケの世界へようこそ。

これはミヒャエル・ハネケの長編4作目となる作品です。
ハネケの描く暴力は、全くもって静かそのもの。
なんていったって、暴力の使い主は湖畔の別荘地を徘徊するたまごの使い人なのだから。人を殺害するシーン、殴るシーンなどは一切見せない、それでもって凄く怖い、このスタイリッシュな演出にうなること約1時間43分。
そしてところどころに織り込まれたブラックな笑い・・・もしや、ハネケは愉しんでつくったな?と思わせる。

「衝撃的な映像にマヒしている観客に、暴力をどう見せるかは問題ではない。問題は観客に、その暴力が自分とは無関係ではないことをいかに自覚させるかだ」
とはミヒャエル・ハネケのお言葉。

その通り、この映画を観て、湖畔の別荘地には世にも恐ろしい「たまごの使い人」が潜んでいると信じて疑わない。そしてしまいには、逃げることしか考えない家族(被害者)の機転の悪さにも腹立たしくなってくる。暴力の主はゲームをしたがっているのだから、もっと頭を使ってやり返せばいいのに、と愚痴のひとつもいいたくなってくる。

さてさてわたしはどちらだろう、被害者?それとも加害者?
バカ丁寧なヤツには用心しろ
先を読む力を日頃からつけておけ
白手袋には素手では対処できない
以上のこと、良くわからなかったら映画をご覧くださいまし。


LA PIANISTE(ピアニスト)
2001年/オーストリア・フランス/出演:イザベル・ユペール、ブノワ・マジメル、アニー・ジラルド/映画レビューはこちらです


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