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場 所
東京・有楽町朝日ホール
東京国立美術館フィルムセンター小ホール
シネカノン有楽町
観賞作品
コンペティション 『風を吹かせよう』『終わらない物語』
特別招待作品 『明日が来なくても』『プロミスト・ランド』
特集上映 ボーディ・ガーボル3作品、ガイ・マディン3作品

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★4つが最高



ボーディ・ガーボル特集上映

ハンガリーには数学者と自殺者が多い。というのは、ハンガリー人の友人を持つわたしの友だちの話だが、このボーディ・ガーボルという監督も長編3作品だけ残して39歳という若さで逝ってしまった。彼の作風というのは、そのほとんどが実験的なもので、果たしてこういう映画をつくることに何の意味があるのか?というのを考えるのも実験になりそうな特別な雰囲気の映画だった。例えば小石が転がる音であったり、物が軋む音であったりの、劇中、ときおり聞こえてくる効果音が奇妙に頭の奥に響き、背筋がぞくぞくする。たぶんそれらの音は自然の音ではなく、機械的な音を当てこんでいるのだろうと思われる。作品でいえば、『ドッグス・ナイト・ソング』がそれに当たり、ボーディ・ガーボル自身が演じる偽神父(実は詐欺師であった)の周りで発生する出来事が、その効果音によって予知として見ることができる。

南北戦争中の3人のハンガリー人測量技師の姿を描いた『
アメリカン・ポストカード』は、ときおり画面がライト・フェード*したり、まるで観光地に売られているポストカードのように画面の枠が切りとられていたり、古びたフィルムを映写したときのように画面に傷痕が走ったり、映像的にはかなりいろいろな試みを施している。しかし、個人的にはまったく面白味を感じるものではなく、数学者の多いハンガリーらしい、緻密な、ある意味計算された映画だったが、いかつい軍服を着たお兄ちゃんたちが出てきても戦闘シーンはなく、なにか測りながら話ばかりしているので、この時点でこれはわたし向きじゃないと感じ、それでもなにかおもしろいことが起こるのかもしれないとがんばって観ていたが、いつまでたっても何も起こらず、ついには早く終わらないかとそればかり思ってしまった。

上2作品に比べたらかなり見応えのある『
ナルシスとプシュケ』。今回上映されたのは136分版だったが、どうやら3時間40分版というものがあるらしい。ストーリーは、ナルシスとプシュケの神話をもとに、舞台を1800年〜1920年の時代に置き換え、ひとつの愛の軌跡を中心に、時代の変化、貴族社会の腐敗や崩壊を描いている。この映画が特別なのは、100年以上もの時を描いていながらも、登場人物たちの年齢はまったく変らないということ。主演のウド・キアーの青い目がかけがえのない宝物のように思えたり、波瀾万丈のプシュケの人生にトルストイ的な悲劇性を見たり、最後のショッキングなシーンに、今なにが起こったのかすぐには悟れず、奇特な作家ボーディ・ガーボルの作品のなかでは一番印象に残るものとなった。

  • ライト・フェード*=ゆっくりと白い画面にフェード・インすることによって、ひとつのシーンを別のシーンに溶け込ませる手法(フィルメックスパンフレットより引用)




    アメリカン・ポストカード 
    ■American Postcard■1975年■脚本・編集・特殊効果ボディ・ガーボル■撮影ルゴッシ・イシュトヴァーン、ボーディ・ガーボル

    ナルシスとプシュケ ★★★
    ■Narcissus and Psyche■1980年■脚本チャプラール・ヴィルモシュ、ボディ・ガーボル■原作ヴォレシュ・シャーンドル■出演ウド・キアー、パトリシア・アドリアニ

    ドッグス・ナイト・ソング ★★
    ■Dog's Night Song■1983年■脚本・編集ボディ・ガーボル■原作チャプラール・ヴィルモシュ「社会誌学」■撮影ジョアンナ・ヒール■録音シポシュ・イシュトヴァーン■出演ボーディ・ガーボル、フェケテ・アンドラーシュ



    ガイ・マディン特集上映

    今年一番の収穫といえばやはりこの人。カナダの映像作家ガイ・マディンは、一見したところまだ30代後半である。今回上映された作品が、サイレント仕立てだったり、時代設定が40-50年代風だっりしたので、てっきり60を越えたおじいちゃんかと思っていたら、ゲストとして檀上に上がってきたガイ・マディン本人を見てびっくり。若いではないか。それもなかなかかわいい。でも一見普通に見える人が、こんな映画を作ってしまうというのがある意味こわい。

    世界で一番悲しい音楽』は、その題名の通り、「世界で一番悲しい音楽」を競う音楽コンテストをクライマックスにした、男と女、兄と弟、父親と息子のゆがんだ関係をファンタジーに描いた作品。今やカルト映画の女王となったイザベラ・ロッセリーニが、この音楽コンテストの女主催者となり、恋人の父親(元愛人)から贈られたビール入りガラスの義足(笑)をつけて華やかに登場する。冒頭、占い師から悲劇的な死を告げられる、自らが「興行」であるかのようなちゃらんぽらんな興行師の男や、子どもの死によってばらばらになってしまった陰気な兄夫婦。しかも兄の妻は弟となる興行師の恋人になっていたりして、登場人物の入り組んだ複雑な事情もおもしろく、憎しみあう肉親同士の関係に神話的なものも感じつつも、ファンタジーでかつフリークなこの映画に惹きつけられていき、わたしはこの映画によって一気にガイ・マディンの世界に魅せられてゆく。

    ガイ・マディンが正真正銘の「誰にも似てない作家」であることを確信した。映画『
    臆病者はひざまずく』は、話の展開はそのほとんどが不明(笑)。父親を殺された娘の復讐の話でもあり、ただつぎつぎと奇怪な出来事が起こるだけの映画のようでもある。めずらしいのは、これが一種サイレント仕立てで作られていることだ。役者の芝居がかった演技も、登場人物のフォトジェニックな顔つきも、これがつい数年前に作られたものとは思えないほどにカルト性が高い。もしかして、話の展開がみえなかったのは不思議な雰囲気の画面ばかりに神経がいっていたせいか。ガイ・マディン独自の世界に陶酔し、愉しく浮かれた作品。

    そうかこれはバレエの映画だったのか、と中盤になって気がつく。『
    ドラキュラ〜乙女の日記より』は本映画祭クロージングの作品でもあった。上作品『臆病者はひざまずく』でもそうだったが、ガイ・マディンは、東洋人をアクセント(それもかなり重要な役)に使っている。これは、他と異なる者として東洋人を使っているのか、それとも単なる彼の趣味か。とにもかくにも、この東洋人がカルト的な相乗効果をあげて、一種独特な雰囲気を作りあげているのは確か。この映画でも、ドラキュラ役に中国人ダンサー(チャン・ウェイチャン)を起用しており、闇の中から人の背後に忍びよるように現われる黒い騎士としてまさに適役であった。ドラキュラは、やっぱり青い目のブロンド男じゃムードが出ないのだなと変なところで妙に納得してしまった。




    世界で一番悲しい音楽 ★★★★
    ■The Saddest Music in the World■2003年■製作総指揮ダニエル・アイアン、アトム・エゴヤン■脚本カズオ・イシグロ、ガイ・マディン■撮影リュック・モンペリエ■美術マシュー・デイビス■音楽クリストファー・デッドリック■出演イザベラ・ロッセリーニ、マーク・マッキニー、マリア・デ・メディロス

    臆病者はひざまずく ★★★
    ■Cowards Bend the Knee■2003年■製作パワー・プラント・現代美術ギャラリー■脚本・撮影ガイ・マディン■出演ダーシー・フェール、メリッサ・ディオニシオ、エイミー・スチュワート

    ドラキュラ〜乙女の日記より ★★
    ■Dracula : Pages from a Virgin's Diary■2002年■製作ヴォニー・フォン・ヘルモルト■原作ブラム・ストーカー■撮影ポール・スーダーマン■音楽グスタフ・マーラー■出演チャン・ウエイチャン、タラ・バートウィッスル、デイブ・モロニ



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