TOKYO FILMeX 2002(特別招待作品-2)

鑑賞順(★4つが最高)



ケドマ KEDMA ★★★★
2002年/イスラエル/監督・脚本アモス・ギダイ/脚本マリー=ジョゼ・サンセルム/撮影ヨルゴス・アルヴァニティス/出演アンドレイ・カシュカール、ヘレナ・ヤラロヴァ、ユーセフ・アブ・ワルダ
「1948年に全てがはじまった」と脚本家のマリー=ジョゼ・サンセルムは言っていた。
移民の流入、パレスチナ×イスラエル戦争、現在75万人いるといわれているパレスチナ難民の発生。
そしてこれらの問題は、50年以上たった今でもまだ解決していない。

この映画は48年のイスラエル建国の数日前を描いており、ヨーロッパではナチスの「被害者」であったユダヤ人が、自分たちの国を築くためにパレスチナに戻ったら、住人であったパレスチナ人を追い出す「加害者」になってしまったことの悲劇を見せている。

ナチスの迫害から逃れてきたユダヤ人たちが、船に乗り地中海を渡って“約束の地”パレスチナに向かう。題名にある「ケドマ」とは、彼らを乗せているこの船の名前。彼らがまず最初にしなければいけないことは、自分たちの土地であるパレスチナに“侵入”しているパレスチナ人たちを追い出すこと。そのために銃を使う。住人を威嚇し、出ていかない者は殺すのだ。船に乗って海岸に到着した彼らが、まる一日かけて仲間のいるキャンプにたどり着く。そこで一番最初に教わるのが銃の撃ち方というのがすごい。
そしていざ戦闘になると、「俺はこの日を待っていたんだ!」と叫び、猛然と突き進む男。感情が高ぶり興奮のあまり、かつて参戦したときの経験を、頭の上を弾がかすめ飛ぶのをものともせずひたすらしゃべりまくる男。女でさえも勇敢に胸に弾を受けて死んでゆく。その戦闘のあまりの悲惨さに、ひとりのユダヤ人男性が錯乱し、叫びともつかない声で延々と感情をぶちまけるのがいたい。

重い。けれどこの問題を遠い国の問題として片づけてしまうには影響が大きすぎる。じっと目を開いて見ていると今まで見えなかったものが見えてくる。ユダヤ人としての誇り、異なる宗教への狭量さ、アラブ人への嫌悪(ユダヤ人にとってアラブ人とは常にパレスチナ人のことを指す)、国を持たないことの苦しみ、建国ということのすごさ、迫害された者が、今度は他を迫害する。あまりに複雑すぎるユダヤ人とパレスチナ人との関係。
「敵と味方」両方を平等に描くことはできないというのがわたしの持論ですが、アモス・ギダイ自身は意識的にはユダヤ人とパレスチナ人どちらにも偏りはないものの、この映画はあくまでもユダヤ人の側から描いたものであるという意味で、すごく誠実な印象を与える。ギダイ特有の堅さ、正確さ、現実感がずしんと心に残る。

映画上映後に、『ケドマ』の撮影に同行した日本人男性の藤原さんの撮ったメイキングビデオが上映されました。時間にして約60分。監督や脚本家ほか、出演者のインタビュー、製作にたずさわった人へのインタビューなどが盛り込まれていて、これがまたすごく興味深いものだった。もしこの『ケドマ』が一般公開され、後にDVDができることになったら特典映像につくのではなかろうか。

また余談ですが、アメリカ同時多発テロの犠牲者に捧げられたオムニバス映画『9.11』に、アモス・ギダイとマリー=ジョゼ・サンセルム(脚本)の二人によってつくられた、11分ワンカットの作品が入っているそうです。



月曜日に乾杯! LUNDI MATIN ★★★
2002年/フランス=イタリア/監督・脚本・編集オタール・イオセリアーニ/撮影ウィリアム・リュプシャンスキー/出演ジャック・ビドウ、アンヌ・クラブ・タルナブスキ、ナルダ・ブランシェ
前作『素敵な歌と舟はゆく』に比べると至福度は低め。それでもやっぱりイオセリアーニ(監督)の描く人物たちはたまらない魅力だ。

世の中で起こっている数々の出来事なんぞどこ吹く風、彼らは常に飄々と我が道をゆく。ふいと人がいなくなろうが、またふいと戻ってこようが、皆なにがあっても驚かず、まるで大きな河の流れにのっているかのように気にとめない。そして前作同様、またまたのっそり歩く動物が出てくるし、機械いじりの少年もいる。空を飛ぶし、いくつもの職業を自在に使い分けする男も出てくる。男たちは酒を飲んで歌い、夜になったら子猫のように女たちに寝かしつけられる。
今回は前よりもコメディタッチの強い作品になっているが、イオセリアーニ独特の「笑い」が理解できなかった観客も少なからずいたようで、いまいちノリが悪い。わたしは、冒頭の“スリッパ”のシーンから心のなかで抱腹絶倒していたのだよ。人それぞれにこの映画の質との相性があるだろうが、やはり一度イオセリアーニの妙味の毒に当たってみないとわからない。そして当たったら最後、解毒剤はないと思っていいだろう。

上映後に会場に現われたオタール・イオセリアーニは、想像以上のすっとぼけたおやじだった。なんとも言えないおもしろい話術を持ち、Q&Aでも質問への答え方がいちいちおかしい。
ここでひとつふたつ、質疑応答の内容をちょっとご紹介。
わたしが覚えている限りの内容なので、実際に行われたやりとりの言葉の一語一句の違いはありますが、ご了承のほどを。

Q:グルジアの人たちは皆あんなにお酒を飲むのですか?
(注:イオセリアーニ監督は現在フランスで活動していますが、彼自身はグルジアのトビリシ出身)

イオセリアーニ:フランスには6種類の葡萄の木しかないが、グルジアには250種類もの葡萄の木がある。それを全部味わうにはやっぱり時間がかかるわけで・・・ゆっくりと味わうためにも、毎晩のように酒と親しまなければいけないのです。

Q:映画のなかでは監督はどの役で登場したのでしょうか?

イオセリアーニ:それにお答えするには、ベニスという街について一説語らなきゃいけません。ベニスという街はいわば仮面をかぶっているような街で、表の顔と裏の顔があります。“ベニス”という言葉は“仮面舞踏会”と同義語なのです。そして当然そこに住む人たちも、それぞれ表の顔と裏の顔を持っているわけで、ある人は、ピアノなんか全然弾けないのに、ピアノを巧く弾くふりをしたりするだろうし、窓の外には誰もいないのに、外の観衆に向かって手を振ってみせたりするのです。
(この辺のくだりは映画を観なきゃわからない。イオセリアーニは<主人公の父親役>と<ベニスで会った父親の友人役>の二役で登場してくる)

こちらは2003年の夏に公開が決まっているようです。



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