| 生きる ZEESTAN ★ 2002年/イラン/監督・脚本・編集レザ・ソブハニ/撮影レザ・ラクシャン/出演アスガール・ビチァーレ、ジャブナム・モガダミ |
生きるとは、死ぬとは。人は自分の死を目前にしたとき何が見えるのだろうか。老写真家は毎日のように公園に行き、通りすがりの人間の顔写真を撮る。それは一人暮らしの老人にとって唯一「生命」と接する行為であり、またそうすることによって彼も生かされている。風の音や木々のざわめきに耳を傾けては、彼は、自分がまだ生きているのだということ感じている。そんなある日、ふとした拍子に、公園のなかを通り過ぎていった見慣れない女性が目にとまる。老人は無性にその女性のことが気になってしかたがない。公園に行くたび彼女に出会い、ついにその女性の写真を撮ることになる。 まさにというか、いかにもというか、映画祭でなければ絶対お目にかかれないだろう作品のひとつ。展開がひどく遅く、長回しのカットが苦しいまでに脳細胞に語りかける。眠れ、眠れと。風の音が心地よい催眠作用となり、わたしはついうとうとしてしまう。目が覚めたとき、あの老人が撮った“はず”の、そしてちゃんと箱にしまった“はず”の女性の顔写真が消えている。そして老人は二度とベッドから起きあがることはなかった。 あの女性は、老人がみた幻か? それとも、旅立ちを呼びに来た天使か? この写真家を演じた老人は、実際にも高名な写真家であるという。 |
| ブリスフリー・ユアーズ BLISSFULY YOURS ★★ 2001年/タイ/監督・脚本アピチャッポン・ウィーラセタクン/撮影サヨンプ・ムクデップロン/出演カノクポーン・トンアラム、ジェンジラ・ジャンスダ、ミン・オー/2002年カンヌ国際映画祭「ある視点」賞受賞、本映画祭「最優秀作品賞」受賞 |
いったい何がはじまるのだろう?と思ってみていると見事に期待を裏切られる。登場人物となるのは中年夫婦と若い男女のカップル。この二組のカップルは、家族とか親戚であるとかいう繋がりは全くない。親しい友人同士でもないらしい。なにかの縁で偶然出会い、いっしょに暮らしはじめたといった感じだ。見るところ彼らはただただ退屈なまでに日常を営んでいる。病院通いも日常化している。仕事を適当に終え、午後はピクニックと称して森のなかを散歩する。腹ごしらえのあとにそれぞれのカップルがSEXをはじめる。中年夫婦は子作りのために(・・・そのSEXは、味気なく色気もなく)。そして先のわからない若いカップルはこどもをつくらないように(・・・彼女にとってSEXとは?) 自然主義というのだろうか。 とにかく一番きれいだったのが、タイの森だ。わたしも一度だけタイに行ったことがあるが、とにかくタイという国の緑の美しさ、水の透明さは未だに心に残っている。だからといって、こんな意味不明な映画をつくっていいのだろうか。ただタイの自然の美しさだけを見せたくて作ったわけではなかろう。なぜこの映画をつくったのか、今ひとつ監督の意図が見えなかった作品でもある。実験的な要素は多々あるが、観客の不意打ちを狙ったという感が強く、あまり効果的とは思えない。 映画祭会場には、来日できなかった監督の代理としてやってきてくれた方が「これはタイの人たちにとってとても大事な作品です」と言っていたが、なぜ? どこが大事なのか未だによくわからない。この作品は、今年のカンヌで「ある視点」賞を受賞、そして本映画祭でも「最優秀作品賞」に選ばれた。そうなったからには必ずや一般公開されるであろう。ぜひとも皆さんの感想を聞いてみたい。そのときは、この映画のどこがタイの人々にとって大切なものであるのか教えて欲しい。 |
| 右肩の天使 ANGEL ON THE RIGHT ★★★★ 2002年/タジキスタン/監督・脚本ジャムシェド・ウスモノフ/撮影パスカル・ラグリッフル/出演ウクタモイ・ミヤサロヴァ、マルフ・プロゾダ、コヴァ・ティラヴプール/本映画祭「審査員特別賞」受賞 |
本映画祭で一番好きな作品。タジキスタン、と聞いて最初に浮かぶのが、わたしの2000年度のベストフィルムでもあった『ルナ・パパ』ですが、この『ルナ・パパ』の撮影中、タジキスタンは紛争のまっただなかで、監督並びにスタッフはかなり危ない目に遭ったようです。それでも監督は、国のために銃ではなくカメラを手にし、この上なくすばらしいファンタジーな作品を作りあげた。わたしはそんなフドイナザーロフ監督の勇気にいたく感銘を受けたものだが、今回またまた、そんなタジキスタンから素晴らしい監督が現われた。 ジャムシェド・ウスモノフ監督は、上映後のQ&Aで、「タジキスタンにはもう俳優という職業はなくなってしまった」と語ってくれた。そんな俳優たちがいなくなってしまった土地でできた作品は、この上なく静謐で、優しく、愛情あふれた作品だった。これはとても質の高い作品なので、早かれ遅かれ一般上映されるのではなかろうか。 ※母親役になる女性は監督の実の母であり、主人公となる男の人は実の兄(弟?)、こどもはその兄の子であるらしい。 多額の借金をかかえたゴロツキの男が、母の重病を聞きつけ10年ぶりに故郷へ帰ってくる。自分が撒いた災いが因縁し、戻ってきた土地でも争いごとを繰り返す毎日。でもそんな彼が、その村で唯一の映写技師というのがおもしろい。彼が帰ってきたことを知った友人は、さっそく映画の上映をはじめるのだが、そこで上映される映画が「インド映画」というのにはちょっと笑ってしまった。主役の男に映画を上映させるなんて、これは、俳優という職業がなくなってしまった国タジキスタンの、監督の映画という文化に対するオマージュではなかろうか。そしてまた、映画上映中に興奮して騒ぐ観客の姿がひどくおもしろいのだ。 そしてこの男の息子となるこどもが、「お父さんがいい人になったら渡すんだよ」と、おばあちゃんからもらった宝物を、父親には渡さずに自分の手のなかにしっかりと握りしめるシーンが心に残る。ああ、いい映画だ。 題名の“右肩の天使”とは、イスラムの古い伝説からくるもので、映画のなかでもおばあちゃんが孫に話して聞かせるエピソードがあります。 人が生まれたとき両肩に天使が舞い降りる。その天使はそれぞれに手帳を持っており、右肩の天使は人の「善い行い」を、左肩の天使は「悪い行い」をその手帳に書き記します。審判の日、その二冊の手帳は天秤にかけられ、右の手帳が重かったら天国へ、左の手帳が重かったら地獄へと人は送られるのです。 この天使の話は、こどもがいい子で育つようにと語られるお話のようです。 |