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彼らの場合
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ありふれた出会い、ありふれた経緯でもって結婚を間近にひかえている一組のカップル。彼らは山間にある教会で式をあげるため、神父リヴィオを訪ねる。「わたしたちのために特別な式を」という彼らの望み通り、神父は例外的ともいえるちょっとした嗜好をこらす。 特別な映画ではない。でも観終わったあと幸せな気分になってしまった。心のなかに暖かいものが流れ込んでくるような、そんな映画。当日映画祭会場に来てくれた監督アレッサンドリ・ダラートリは「現代の男と女はなぜいとも簡単にくっついたり離れたりするのか。こんなことをちょっと考えてみたくてこの映画を撮った」と言っていた。 しかし別に映画のなかでその答えを出しているわけではない。 仕事・浮気・出産・友人関係などは、結婚する前と結婚した後では微妙な形で変わっていく。誰にでも起こりうるこれらのありふれた問題を、過去・現在・未来すべてを絡めて絶妙な手口で見せていく。おいおいまたこの手の話?というなかれ、ダラートリ監督はなかなかもってのストーリーテイラー、ただじゃ見せないぞ、という意気込みがあって好感が持てる。そして何といっても主役のカップル、ステファニア・ロッカ(ステファニア役)とファビオ・ヴォーロ(トンマーゾ役)のふたりが魅力的なこと! 今自分の身近にいる人が(もしかしてそれが不満の対象であったとしても)、お互いに心静かに見つめ合っていれば「家族」であることの大切さ、そして結婚することの厳粛さというのが見えてきそうな、そんな感じがした。 |
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グラツィアの島
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圧倒的な自然の美しさに魅せられる。本映画祭で一番印象に残っているのは何かと聞かれたらこの作品かもしれない。 舞台はイタリア、シチリアのランペドゥーサ島。荒々しい岩壁に囲まれた入り江、透き通ったトルコブルーの海、まばゆいかぎりの太陽の光。日本の柔和な海に慣れ親しんでいる者にとって、原始的な荒々しさを残したランペドゥーサ島はどこか神秘的な雰囲気に包まれ、まるでそこかしこに古代生物が棲んでいそうな感じだ。そんな島の雰囲気を象徴するかのように、冒頭、半裸状態の島のこどもたちが石と木を使って原始的な遊びをしているのが映しだされる。わたしはここで最初、この映画は古代の話かと思ってしまう。 主役は3人の子持ちの女性グラツィア。その豊かな感性と感情の起伏の激しさ、開放的な行動でいつも揉め事を起こしてしまう。保守的な島の住人に比べると、あまりにもかけ離れた、自由奔放なエスプリを持つ彼女。抑え込められた感情を解き放すかのように、はち切れた彼女がケージに捕らわれていた野犬を解き放してしまう。グラツィアの怒りというのはある意味神々しくもあり、わがままな人間に対して怒り狂った火山の噴火のようにも見える。そんな彼女を一番理解しているのはこどもたちだ。母親を愛するこどもの無垢な心だけがグラツィアと同化できる。いなくなったグラツィアを海で見つけ、男たちが群がり集まり、きらきら輝く水の底からその男たちの足が次第に増えていく様を撮りあげるラストは最高だ。 グラツィアを演じるのがヴァレリア・ゴリーノ。実はこの映画、彼女のみがプロの役者で、ほかの登場人物は地元の素人らしい。ぷちぷちしたはち切れそうな体のこどもたちが、ズブの素人とは思えなくらい素晴らしい演技をする。 |
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ぼくの瞳の光
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昨年のイタリア映画祭2002で上映された『もうひとつの世界』があまりに良かったので、同監督(ジュゼッペ・ピッチョーニ)の新作である本作品をとても楽しみにしていた。そしてその期待を裏切らず、こちらの方もひじょうに素晴らしいものだった。独特な世界観と、なんとも言えない浮遊感を醸しだす、ある意味特別な映画で、わたしは陶酔しつつピッチョーニの世界にどっぷり浸ってしまった。 とにかくわたしはピッチョーニのやさしい視線がたまらく好きだ。彼の映画に出てくるものには棘がない。棘はあっても、棘の先が人を深く傷つけないよう丸く仕上がっている感じだ。それは生あるものに対する敬意であり、悩み苦しみながら生きている人間に対するやさしさである。この映画の主人公となるタクシーの運転手アントニオも、そんなやさしさを持った監督の心を映しだすかのように今どき信じられないくらい誠実な男に描かれている。ひょんなところで知り合った女性マリアに惹かれ、アントニオは彼女のために尽くしていく。無償の愛ともいえる彼の行動に対して、しかしマリアはあまりにも現実的。そして、そんな俗人に近い彼女の不感症的な態度がさらにアントニオの誠実さを浮かび上がらせる。 そしてまた、一種の夢物語のようにも思える不思議なナレーションの挿入。SF小説好きのアントニオが持ち歩く一冊の本。地球人がある星に舞い降りる。そして、その星の住人に自分が地球人であること悟られないよう星に同化していく様を語った内容が、そのままナレーションとして引用されている。そのため、観ている方も、もしかしてこれは違う星の話ではないかと疑いたくなるような、映画全体に独特な浮遊感が漂っている。 主役のアントニオ扮するルイジ・ロ・カーショは、本映画祭出品作品『わたしの一番幸せな日』にもゲイ役として登場。本作品とは違った雰囲気の役を好演している。 |
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